27.乱闘必死、イエロー14枚シドニーのアツいサッカー

 

初戦が終わってからからチビッコ達の人気者になった。

何をしてても色々珍しがってチビッコに聞かれた。

1度その頃まだロン毛だったオレはバンダナをして試合に出た事があった。

 

すると10歳くらいの男の子にバンダナを指差されて
「Are you カミカーゼ?」と聞かれたことがあった。

 

はっ?神風?

 

ぼく、ぼくー、何でそんな言葉知ってんのかな?っていうかオレが
大男に玉砕しなきゃいけないってこと?

 

なんか知らないけど向こうの人ってこういう日本語、妙に好きなんだよね。

そうかと思うとオレの得意なアクロバティック?!なサッカー
を見てカンフー、カンフーと言って喜んでた。

 

…自分ら、勘で喋ってるだろ?っていうか何でもいいんだろ?!

 

チビッコからの人気の意味が日に日にわからなくなっていった…

だからオレ日本人だっていうの…もういいよ。どこの国でも…

 

黒いイナズマって呼んでもらえるなら・・・

 

イタいイキザマのがハマるんじゃないですか・・・

・・・・・・・・・・・・

 

2週目からは毎週Bチームにフル出場、Aチームには後半から半分出るという
ローテーションになった。

40分×前半・前半・後半=120分。

きっついぜえ。1日2試合は…

自分ら外国人には20歳そこそこに見えんのかもしれないけど
もう立派なオッチャンなんだから…

…それでも。本当は体が動かなくても2試合共フルで出たいって叫びたいほど嬉しかった。

 

その日の帰りから家までの送り迎えが着くことになった。
ジョージBだ。

彼はオレが歩きでコートまで来てるのを知ると快く送り迎えを申し出てくれた。

 

彼は奥さんが元スチュワーデスで日本語が喋れるらしくそのおかげで、彼もちょっと喋れると言った。

そして彼の口から出た日本語とは…

 

ワタシハ サカナヲ シャベリマス

自信マンマンの顔だった。

 

オレ「……………….。」

「ジョージ。…..…….それって、食べますじゃないの?」
喋っちゃまずいでしょ?喋っちゃ…

彼は顔を赤くしながらも「勉強になった。」を繰り返していた。

おもしろくて、やさしい彼と毎週日本とオーストラリアの違いについて
あれこれ話をした。

 

 

この国のサッカーを一言で言うなら”熱い”の一言に尽きると思う。

審判なんて絶対この国でやりたくない。
プレイヤーにボロクソに文句言われるもん。

(まあ汚い言葉”Sh○t”、とか”F○ck”とか言っただけでイエローカード出たけど…)

特にウチはひどかった。

 

2試合でイエロー14枚なんて日もあったくらいだから…

 

オレも何度乱闘を止めに行って逆にヤラレそうになったか…コワイコワイ。

頭の禿げ上がったオッチャンなんか若いの相手にごっつい剣幕で
「やんのかー!!来いよ!!」ってシャウトしてたもんな。

 

普段めちゃめちゃやさしいのに怒らせないようにしよっと。エヘッ。

 

でも味方がイエローとかレッドとか貰っているのを見てニヤッとしてるヤツが1人いた。

マネージャーのジョージだ。

 

このチームではチーム運営の為に、選手がカードを貰うとペナルティーとして
イエローで10ドル、レッドなら20ドルをチームに払わなければならなかった。

だからカードを貰うやつがいると彼は「今の誰っ?」と
ニコニコしながら聞きまわっていた。

 

敏腕マネージャーやね。えー商売するわー…。
オレも日本に帰ったらそれ頂き!

 

一方、最後まで貧乏なオレはカードを貰うことはなかったけど
逆にかなりけずられた。

ガンガン体で当てられ、ふっ飛ばされ、ケガまではいかなかったけど
呼吸困難なんてケースもあった。

その頃センターハーフやフォワードでチョコマカやってたオレはかなり狙われた。

で、オレもこの熱いサッカーに感化されて接触プレーにはナーバスになっていた。

でも悲しいかな、激しいチャージをされた時、最初に自然に口から出る言葉は
やっぱり日本語になってしまった。

「オイっ!いってーなー!!」

(こういう時、自分の中に英語がちゃんと浸透してないのが出ちゃうんだろう。

高校時代の外国人教師は壁にぶつかった時、ちゃんと日本語で
”イテッ”て言ってたもん……それもウサン臭いか!?)

 

でも、やっぱり周りの歓声とかってプレイに影響あるなあと思っていた。

このサッカーが平日の仕事のモヤモヤを1日で吹き飛ばしてくれた。

今でもたまにあそこでまたプレーしてみたいなあと思うときがある。

本当に最高のチームだった。

 

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